Sonia e saida ~回想録~ 

先ほどTVを見ていたらBASILの女子バレーの選手Fabiの特集をしていた。

CK-chanは幼年期をBRASILで過ごしたため、彼女の言うことが良くわかる(気がする)

彼女のコメントで"sonia e saida"ソーニャ エ サイーダ という言葉があった。

直訳すると“夢は出口”である。

Fabera(ファベーラ)で育った彼女。
FaberaとはBRASILの貧民街で、立地の悪い坂地にトタンや合板、果てはダンボールを使いマッチ箱のような家を作る。
もちろん、他人の土地である。だが彼らはそんなことは知っちゃことない。
電気だって、そこら辺の電線から「いただき♪」である。
そのボロ家に家族が寄り添うように住んでいるのだ。

Faberaのオバチャンたちは凄い。(約30年くらい前の話ではあるが。。。)
隣近所から子供たちを借りてきて(恐らくバイト代は子供たちの親に払っていると思われる)、子沢山の貧乏人を演じて、金持ちからまんまと貢銭を得るのだ。

Faberaの子供たちは働ける頃になると、ガリガリに痩せた馬、それも、のっぱらに犬のようにリードでつないで飼っている馬に荷車を引かせ、スーパーマーケットのダンボールなどを回収して回るのだ。
当時から馬が大好きだったCK-chanは、少年が「噛み付くから危ないよ」と言うのも聞かずに、その馬車馬をなでて、お決まりのように喰らい付かれた歯型がまだ腕に残っている。

Faberaの子供たちは赤信号で車が停車すると、即、車の窓を掃除しに来る。
普通に車を駐車していても勝手に窓を磨いて手数料を請求する。
CK-chanの父は、そんな子供たちに対し「誰も頼んでないのに勝手に窓を拭くな!」と怒鳴りつける。
同じくらいの年頃の子供たちが、必死でお金を稼ごうとしているのに、大人の都合もあるのだろうが、その彼らを怒鳴りつける父親をみて、恥ずかしい思いで消えてしまいたいと感じたことも多々あった。

自分が食べ残した食事を、同じ年頃の子供たちや、自分よりもっと幼い子供達が隙を見て盗み食いして走り去る光景を見て育った私は、食べ物を残すこと=悪とインプットされている。

そんな生活から抜け出す唯一の魔法は「夢」
そして、それを現実にしている人がいる。
まさしく、「夢」を苦難の続く生活からの「出口」にしたのだ。

久しぶりに懐かしいFaberaの映像を見た私。
過去の私が“ささやかな幸せを見つける能力”を与えてくれたことに感謝。


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